Gallery Talk FEBUARY 2001 "Branches"

先月から始めたこのgallery talkですが、作品について語りきらぬうちに2月となってしまいました。こまめに更新して行くのはもちろんのこと、作品について考えていることを文章にするのはむずかしいものだと感じました。 今月こそなるべくこまめに思いつくままに書き足していく予定です。引き続き、気長におつき合いください。御感想などいただければうれしいです。
この作品を作成した版画の技法はリトグラフと木版です。ずっとリトグラフのみで制作をしてきたのですが、一昨年の夏から木版も取り入れ併用するようになりました。リトグラフで刷る版と、木版で刷る版と重ねている順番は各作品によってそれぞれですが 中でも、木版の部分は「彫り進み法」という方法なので、刷り終わった版木にさらに彫刻刀をいれ彫り進み、それを先に刷った上に刷り重ねます。なので、次の段階へと進んでしまったら、もう後戻りもやり直しも、あとから刷り増すことも出来ないのです。
今月は、この『branches』を紹介します。
このタイトルの"branches"は、枝という意味ですが、日本語タイトル(英語やイタリア語のタイトルなどだと分かりにくくて不便な時があるので、便宜上日本語でもタイトルをつけています)はいつも原題の直訳というわけではなく、今回のは「つづく枝葉」と付けました。みたまんまですが、最初のイメージは波でした。沸き上がっているような感じを印象的にしたいと思っているうちに植物の枝が伸び上がっていくような感じが合うのではないかと思ったのです。さて、何がわきあがっているのでしょう?つづく。

ほどんどの作品にはモデルというか元となるイメージはないのですが、この作品は元になる情景があります。私が日頃通っているプールには天窓があるのですが、その中の幾つかは鏡のようになっているのです。たいてい泳いでいるときは水底か水中しか目に入らないのですが、背泳の時だけは天井を見ながら泳ぐことになります。特に私の場合は天井の梁などを目安にしないとどっちに行ってしまうかわかったものではありません。で、第2レーンを泳いでいる時だけ、途中で鏡になっている天窓の下を通ることになり、ちょうどこの絵のような感じになります。もちろん、この作品の人物にかぎらず、作品の登場人物は私自身であり、私自身ではないので、そのまま私の背泳しているところの図というわけではありません。水流の中を移動しているイメージ、そのまわりを満たすもの(水、波、この作品の場合わき上がるような枝葉)という私の好きな世界が浮かび上がったのです。
先月の作品も含め、この頃の作品には、共通のイメージがあります。仏像などを良く見ると中につぼみの蓮をもっているものがあります。まだ開花できずあの茎のなかをもがきながら(?)日々生きている人々を見守っているとか。悟りきると、お花が咲いて、ぷっと出てこられるのでしょうか。そのような話を聞いてみると、ある状態からまた別の状態へと過渡する道のような、梯子のような、この蓮の茎のようなものなど、ひも状のもの、チューブ状のものの画というのが、大昔から神話的なものから宗教的なものまで、色々あることに気付き、神話的イメージが好きな私はとても興味を持ちました。
←その後、このプールの天窓の「鏡」はなくなってしまいました。残念。(2001年5月付記)
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