Go >> gallery/talk This Month
Go >> Backnumber Index
このページは橋本尚美版画作品を毎月1点とりあげ、その絵にまつわるお話を作者自身がしています。

"sunlight"
ed.15,57cmX42cm,lithograph,2001

(その1・5月1日更新)
 ゴールデンウイークはいかがお過ごしですか?あいにく東京近郊はお天気がよくないようです。私はどこへもゆかず網戸を掃除しました。
 さて、今月の絵は「サンライト」というわりと最近の作品です。これはここ1年以上取り入れてきた、リトグラフと木版の併用ではなく、リトグラフだけで作りました。べつに木版に飽きた訳ではないのですが、自分で前回のこのコーナーなどに書き込んだように、リトグラフならではの、クレヨンや筆遣いのタッチや、色の強さなどが懐かしくなって久しぶりにリトだけで仕上げました。
また、内容も、今までのような「チューブ状のもので抽出するようなイメージ」ではなく、もうちょっと「外の世界」に目を向けた気持ちです。と、書いてもよくわからないですね。そこを文で書くのがまた難しいのですが、それがこのページの目的なので、がんばろうと思います。バックナンバーも合わせて読んでいただければうれしいです。

(その2・5月6日更新)
 この作品をつくるときに、まず最初におもったのは、黄色の大きい色面を作ろうということでした。黄色は私の作品の中でいちばん大量に消費されている色です。ちなみに私が日々通って制作している版画工房では、インクは共有(私が使ってるのは絵の具でなくインクです。とはいえ油絵具と中身の配分がちがうだけでだいたい成分は同じです。)なのですが、とりわけよく使う黄色のインク缶は「マイ黄色」を持参しています。好んでよく使う色とはいえ、あまり大きな色面で使うことは多くはありません。しかし、今回は「黄色でみたされている空間」が欲しかったのです。前回かいた「外の世界」です。たとえば、お風呂につかると、湯舟と自分の体の間の空間に隙間なくお湯が満ちているように、ぴっちりと黄色い世界があって、自分の表面とくまなく接している感覚です。今までこのコーナーで紹介してきた作品は、いわば、この皮膚の中の事柄ばかりだったのが、ふと視線をかえてみると、そとの世界とぴったりと接していることに気がついた、という感じでしょうか。たぷたぷと黄色いお湯に浸かっている気分を想像してみて下さい。もしくは、黄色い石膏で自分を型取りしているような感じです。外の世界とおもっているものは「自分」の形によって色々な形に変化している、と思いませんか。(つづく)

(その3・5月13日更新)
 「外の世界」がどのように自分と密着しているのか、その接触している面や形をさぐると自分の形がうきあがってくる、のはいいけど、どうして黄色なんだ?と思われる方もいらっしゃるでしょう。黄色が好きだから、というとミモフタモナイですが、ぜひ紙の上に黄色いインクがふんわりのっている原物をみていただきたいと思います。紙の”目”をつぶすことなく、ふんわりこんもりインクがのっているのは、太陽の光りをカスタマイズしたような気分の良さが私にはあります。とおいとおい太陽から自分までのあいだ遮られることなく(実際には宇宙空間にいろいろあるのでしょーが)つながってきているのかと思うと、不思議な感じがしますね。UVケアもしたくなりますが・・。
 ある意味では、自分の「かたち」ばかり作品にしているような気もします。こういう作品でも自画像といえるのかもしれません。でも、とくに「私ってこういう人なんです、わかってね」というつもりで作っているわけではないし、自分の世界観を見せつけよう、というわけでもありません。みんないろいろ得意分野があったり、担当しているものがあったりするわけで、例えば私はパセリとバジル以外の食材は自分で生産しません。お店で買ってきます。そのかわり、私はこういう自分とまわりの感じ方などに専念して、逆にそういうことを感じたりするのに時間をつかえない人たちに供給していきたいと思っています。なんだか文にすると、えらくノンキなやつですね。自分ではほんとに真剣に考えているのですが。(つづく)
(その4・5月22日更新)
 「自分の世界観」と書いて思い出したのですが、先日戸棚の奥のものをひっぱりだすことになって、むかし大事にしていた本がでてきました。私が高校生の頃に東京のラフォーレ原宿の美術館で「アジアの宇宙観」という展覧会がありました。そのカタログである本なのですが、いわゆるアジアの宗教に由来する「宇宙はこーなっていて、神さま仏さまはここにいる」というマンダラとかいろいろな図や神仏の絵とかです。色づかいやそのフォルムなどがとても当時の私には衝撃的だったのを思いました。
 そういえば、以前のこのコーナーで書いた「神話的イメージにひかれる」というのは、このへんにルーツがあるのでは、と思ったわけです。私はとくに特定の宗教的イメージはないのですが、やはり、自分の中にある、自分のいる世界の地図、なりたちみたいなものは、みんな各自の受け止め方があって、それを考えるのも楽しいですね。私などはそれを絵で表現するし、あるひとは文や論文などであらわすのだろうし、旅行をすることでそれをあらわす人もいるでしょう。いろいろな人、国の「地図」をみるのも楽しいですね。(次回につづく)
(その5・5月31日更新)
 東京はなんだが梅雨の気配です。このところ、毎日曜日の夜に更新してきたのですが、今回はおくれて「今月の一枚」なのに、5月も末日になっての更新です。
 いままで一ヶ月にわたって書いてきたことと、この作品を作っていた過程で考えていたことを振り返ってみると、ちょっと自分でもおもしろいと思うことがあります。制作前に、まずどんな絵にしようかと考える時、スケッチのようなものはもちろんたくさんするのですが、やはりここのページに書いてきているようなことをすごく考えています。「考え」からくるものと「絵/イメージ」からくるものが刺激しあって形になっていく感じです。そして、絵が決まると(とはいえ、いわゆる「原画」のようなものはなく、作業上必要な簡単なスケッチと下書き程度で、のこりは頭の中です)、それぞれの色ごとに版を作り刷り重ねていくと、また「版の言い分」も入ってきて、作者本人にもどーにもならない流れが出てきたりすることもあります。私はわりとこの「版の言い分」を聞くのが好きで、流されてしまうこともあるのですが、発見することも少なくないのです。
 作品のタイトルが決まってくるのもだいたいこの頃です。この「sunlight」でいうと、黄色の「たぷたぷ」(その2を参照)がどんどん反射していくイメージが強くなってきて「太陽光」のイメージがかたまってきたわけです。「まわりに満ちている黄色いもの」が版を重ねることによって特性がでてくる、というのでしょうか。ちょっと「abbronzata」に近い気持ちかもしれません。
 今月はこのへんにしようと思います。また、書き足すこともでてくるかもしれませんので、たまには見てみて下さい。来月はどの絵にしようかな。(おわり)
橋本尚美へこのサイトやコーナーの意見・感想を送る