No.14 February 2002
  
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"tazze e pace "
<<コーヒーカップと平和>>

ed.15,42cmX57cm,
lithograph and woodcut,2002

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2月1日(金)

 先月の「締め」の文章を更新しなくちゃと思ったら、もう2月だった。すこし追加しましたので、1月のページもあわせて読んで下さい。

 今月はひさびさに最新作を持ってきました。タイトルを見るとコーヒーカップ(マグカップ)なのかとすぐわかってしまうので残念(?)なのですが、そして、なぜ「平和」なのでしょう?最近、平和とか世の中なっとらん!というような話をせずにはいられませんよね。その一方で、ぜいたくには程遠いものの、とりあえず明日食べるもの、今日眠る場所は不自由しないのも事実です。


2月9日(土)

 今日は、美大予備校時代のちょっとしたあつまりがありました。高校の授業のあとで、もう一つ別のクラスメイトと過ごすような毎日だったので、すごくひさしぶりにあっても、なんか気楽にはなせてしまう。みんなそれぞれの分野でがんばっているので、私もがんばろう!と思ったのでした。

 さて。私はあまり誰とでもおしゃべりできる方ではないのですが、親しい人たちとだと、すごくおしゃべりです。たわいのない話から、テレビ、政治、宗教、仕事、硬軟とりまぜて、よく話をします。私だけでなく、昨年は宗教や政治、平和、世界のことについて考えたくなるような事がおおかった。ひとひとりが思うことが、どれほどのことになるのだろう。どの話を信じればいいのやら。そう思いあたった方も少なくないでしょう。とりあえずは、そういう世界もあるのだ、と知ることが(できれば、ですが)せいぜいなのかしら、と。

 そのかかわれる度合いの希薄さに、無力さを感じたりしました。


2月17日(日)

 一杯のコーヒーで、ずっとお店に長居することありますよね。友だちとおしゃべりしてたりしたら、なおさらです。自分たちの仕事のことから、ニュースの話題、世界の状況まで、ぐだぐだと果てしなく居座る。

 なにか、自分にもできることや、やるべきことがあるのではないだろうか、と問いかけてる自分がいる一方で、コーヒーを飲んでいる自分がいます。それも、一杯のコーヒーで粘り続けてるので、少しだけ残して、カップをくるくるまわしたりして、手持ち無沙汰な自分。

 カップのそこ近くで、透明度をましたコーヒーの残りとか、店内の照明で光って見える波紋とかカップの中の世界をみている自分もいるのです。


2月24日(日)

 すっかり春めいてきました。もう1、2回寒の戻りに耐えればほんとの春。うちの近所ではすでに紫陽花に小さな新芽がでてきたり、ホーホケキョの声が聞こえたり、虫がでてきたり。

 2月は短いので、今月のお話もそろそろ締めなければ。

 毎日ふつうに暮らしている中で、どれだけ、今の自分が直面してる実感はあまりないものの、考えなくてはいけない問題にかかわれるのだろうか。と時々考えます。この作品には、「だから私はこう思った」というメッセージはありません。正直にいうと、それほど判断をしきれるほどの情報ももちあわせてないし、そもそもそれを理解する程、現在の政治とか世界情勢とか異文化間がかかえる問題について深く考えてきた訳でもない。でも、普通に暮らしながら考え始めたところ、何ができるのか、と思ってるところ、を形にしてみました。いつか、自分なりの「答え編」となる作品ができるかもしれないです。

 花粉症のみなさまお大事に。私もすこし目がかゆいです。