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   No.25・ January 2003
 

"le gocce" <<しずく>>

ed.20, 35cmX26cm, lithograph and woodcut, 2002

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1月1日(水)

 あけましておめでとうございます!本年もどうぞよろしくおねがいもうしあげます。

 このgallery talkのコーナーも3年目にはいります。こんなに(かろうじて)ネタが続くとは、自分でも思っていませんでした。でも、自分の作品作りにとって、この自分で自分のやっていることを考える、振り返る、というのはとても大切な作業です。自分が作りたいものを形を拾い上げるために考えるのとは、また違った感覚なのですが、ここの文章を毎週書くことでアイディアが浮かんで作品という形になったものもあります。もちろん、読んで下さった方が、私の作品に興味を持たれたりするきっかけになれば、本当にうれしく思います。

 今年最初の作品は、「le gocce (レ・ゴッチェ)/しずく」という作品です。タイトルはまた例によってイタリア語です。たぶん、数カ月まえのこのページで、雫をうけとめるイメージの作品を作ろうとしている、というようなことを書いているのですが(何月に書いたかあとで調べてみます;)、これがそれです。なんとか個展に間に合って発表することができました。ということで、現時点での最新作となります。ウェブ上では、微妙な色がどーにもでないのですが、先月の「雨の地図」のぽんやりカラーとは違って、かなり「ぎっ」とした色をしています。実物では、私の出したかった色がでて気に入っています。というかんじで、今年もがんばっていこうと思います。どうぞよろしくおつきあいください。では、年賀状の宛名書きにもどります・・・<まだ出してない。(つづく)


1月9日(木)

 冬休みはいかがでしたか?私は、DVD鑑賞@こたつ三昧のつもりでいたのですが、年内に済ませ手おくべき用事を済ませてなくて、それもかないませんでした。年賀状を出すのがすっかり遅れてしまってちょっと反省。でも今年のは久しぶりにプリントゴッコでつくってみました。やっぱり版画好きとしては、あれだけ同じものをぱたぱたと作れるのは、楽しいですね。

 まず、先週書いたことの補足から。「ウェブ上では、微妙な色がどーにもでない」ですが、Windowsでみると、そうでもなかったです(私はMacユーザーなので)。パソコンによってモニターの設定は違うとはいえ、Winの方が、色が濃いというか強いのですが、今回はそれがちょうどよいみたい。それから、「雫をうけとめるイメージの作品を作ろうとしている」と今月の作品の元になるアイディアについて書いていたのは、7月のページ(7/25)でした。実際に出来上がったのは個展直前だったのですが、作品のアイディア自体は、夏頃からでていたんですね。たしかに最初のアイディアでは人物もはいっていたのです。雫を受け止めているところの図、みたいなものをイメージしていたのですが、若干このように変わってきました。「雫を受け止める」ということが中心にあるのは変わらないのですが。ただ受け止めているところでなく、その行為はどういうことなのか、ということを数カ月の間に自分の中でまとめていったように思います。それはまた来週に。(つづく)


1月17日(木)

 さむぅい。今年は暖冬じゃなかったのだろうか。でも、そのぶん空がキレイですね。星座はよくわからないのですが、なぜかオリオン座だけは好きです。昔、大学に泊まり込んで卒業制作のリトグラフを刷っていて、ふと外にでて空を見上げた時に(山の中の学校だったので)ものすごく、のびのびとして見えて以来、お気に入りです。個展がある年には、ちょうど追い込み状態になる頃に、見え始めますよね。よし、出てきた出てきた、という感じになります、なぜか。

 そうやってふと空を見上げたりしても、たとえば流れ星が見えたり、UFOを見たり(?)すると、ものすごく宇宙というものを意識するのかもしれませんが、普段は、ああきれいだな、とか、明日も晴れそうだな、程度のことを思いますよね。でも、ふつうにふと見上げた時に、大自然の中でコワイぐらいの星空をみたりするような、壮大さを感じるのが難しいのはなぜなんだろう、と思います。たしかに見え具合は違うものの、同じものに目を向けているはずなのに、です。そのへんが、今月の作品とも関係しています。平凡さの中で、どれだけ特別であることを感じられるか。特別な状況の中で、日常的な平凡なことの意味をどれだけ評価できるか、みたいなことです。なぜそれが「雫を受け止めること」になるかは、また次回。(つづく)


1月23日(木)

 先週2日ほど香港旅行しました。あちらは旧正月直前の年末で、年賀状というものが存在するのかは不明ですが、新年ひつじ年用の記念切手が売り出されていました。小作品として切手を愛好しているので、楽しみにしていたものの、郵便局がすでにしまっていて、しょんぼり。しかし、私書箱受付のおじさんがぽつんといて、事情を話すと、おじさんが個人で購入した初日消印つき切手(収集家向け)を譲ってくれました。せめてものお礼にすこし多めにお金をだしたら、さらに切手をくれて、あとで計算するとおじさんは少し自腹を切ってくれたようです。多謝。

 しかも、その切手を私にくれるときに、折れないように厚紙ではさんで輪ゴムで止めてと、実に気のきく方でした。その点、イタリアの窓口業務の人々は、びっくりするぐらいおおらかです。銀行の窓口係りがTシャツでくわえタバコというのもめずらしくない。窓口が開いているだけラッキーと思わなくてはいけないのがイタリアですね。それもまたよし。

 旅の話はこのへんにして、「雫をうける」話の続きです。雨がふっている時に、雨樋などにあたる「ぽたん、ぽたん」という音を耳にしたり、すごく大きな水たまりを見たりすると、雨粒ひとつひとつは小さなものなのに、ひと粒というものの広がりを感じることがあります。たとえば、小さなお皿のようなものを持って、軒先にたって、その雨粒ひとつひとつを受け止めてみる(昔の雨漏りしてる所の下に洗面器おくのでもいいけど)。そんなストイックな作業をして、その小さな雨粒のひろがりをみつめるのも、なんか修行のようでちょっと面白いかなあ、なんて想像したりしていたのです。実際にはしなかったけれど。なので、この作品の最初のイメージは、その雨粒をひと粒ずつ受け止めているところの図のようなものでした。軒先きでお小皿を捧げ持って、雨をうけるストイックかつのんきな図。しかし、そのスケッチを続けていくうちに、もうちょっとその行動について考えてみたりしたのでした。それはまた続く。


1月30日(金)

 あっという間に、今年も1/12が終わってしまったとは、結構ショックなものがある。こうしてまた1年が過ぎていってしまうのだろうか。そして今月も(また)話がまとめきれずに終わってしまいます。頭の中に言いたいことはあるのだけれど、うまく文章に出来ない上に、今ちょうど脳内が新作のスケッチをさぐっている最中でキャパシティがいっぱいのようなので、続きはまた改めて書き足すことにしようと思います・・。

 脳内をさぐっているというのは、変な言い方ですが、だいたいの「絵」は頭の中にみえていて、描きたいこともわかってはいるものの、まだはっきりとはしていなくて、とっかかりがつかめ切れていない状態です。スーパーでレジ袋をもらったときに、ぴったり重なっていて袋が開けられなくて(たいてい指なめて開けちゃうけど)「(開けるところは分かっているのに)どこから開くんだ!この袋は!」という『あかない感』に似ている気がします。ということでインフルエンザに気をつけて、がんばろう!