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   No.30・JUNE 2003

"fantafonte" <<空想の泉>>

ed.15, 42cmX57cm, lithograph and woodcut, 2002

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6月1日(日)

 あっというまに6月。おかげさまにて、札幌での個展はぶじ御好評のうちに閉じることが出来ました。みにきてくださった皆様ありがとうございました。先月はけっこう遊び回ってばっかり(?)であまり作品についてのコメントがありませんでしたので、今回はなぜこのサイトのタイトルが(そして今月の作品のタイトルも)「fantafonte」なのか、ちゃんと書いていこうと思います。

 いくらなんでも先月は作品について書かなさすぎだったので、少し追加で書き込んであります。よかったら先月のページもみてみてください。

 今月は、ひとり考え事をしたり物思いに耽るのが好きな私の世界「fantafonte」です。何度か書いたことがあるとおもいますが、イタリア語を元に勝手に造語してみたので、辞書には載っていません。今月の作品の訳題のとおり「空想の泉」というのが直訳に近いでしょうか。この言葉自体が生まれた(というか考え出した)のは、去年の事ですが、イメージ自体はずっと自分で持ち続けていたものでした。で、昨年の個展をするにあたり、ある程度テーマを明確にした方がいいかな、と自分でも思って、その今まで持ち続けていたものを少し自分なりに整理して考えてみて、こういう言葉として出してみることにしました。とりあえず、この言葉が生まれたのはそういう経緯です。で、いったいそれはどーゆーことなのか。ということを今月は書いていくつもりです。ちゃんと。(つづく)


6月9日(月)

 そろそろ梅雨の気配。蚊にもさされたし、じめじめしてくるんだなー。やだなー。それにしても最近、暑くも寒くもない時期がみじかすぎませんこと?ここ数年いつもこの季節に軽く羽織れる上着を買わなくては、と思いつつ「もー、暑くなってきちゃったからいいや。あとは秋、秋」ということで買いそびれている気がする。まったく私の台所の「土なべ」と「かき氷機」の入れ替えみたい。

 さて、今月の作品の話です。まず始まりはその年の年賀状なので、正確にはその前の年、一昨年の暮れの事になります。作品の中で大きな色が黄色一辺倒だったのが、なぜか水色(空色)が好きになってきて、空色一色の(正確には二版刷りだけど)くも模様の年賀状を刷ったのです。なんかそのイメージをもう少し膨らませたいなー、と思いました。で、雲って何だろう、ともう少し自分の中で考えてみようと思ったのです。

 私の中の雲のイメージは、やっぱりぽわんぽわんと空に浮かんでいる。そして、小さい頃はその上に、みんな「のの様(仏さまの幼児語だとおもう)」が乗っていると思っていたのです。平等院の雲中供養菩薩像のように楽しげに。以前、BBSの<fantafonte B-side>にも書いたけれど、幼稚園がお寺経営のところだったので、クリスマスより花祭りの記憶が強い環境だったせいもあるかもしれない。なぜ乗っていると思い込んだのかは今となっては不明である。お空には、あのように雲にのって、すいーーっすいーーっとのの様たちがいらっしゃるのだ、いいなー。と私@幼稚園の頃に思い込んでいただけあって、今だに雲を上から眺めることが出来る飛行機なんて嬉々として窓側席を希望します。ぷわんぷわんの雲の上をみると、なんか「いそう」な気がしていいですね。(つづく)


6月15日(日)

 梅雨らしい日々。しかも昨日は東京は真夏日を観測しました。あついわけだわ。今制作中の大きめの作品もリトグラフ刷りのところは済んで、あとは木版刷りを残すのみ(今のところ)。リトグラフの大きいプレス機を扱うのは暑い時は結構堪えるので、ぎりぎりセーフでした。木版刷りはそれほど体力を消耗しません。あとは涼しくなるまで小・中サイズの作品を作ろうと思います。

 で、雲です。空に見える雲についてのイメージは先週書きましたが、ふわふわと漂うそのイメージは、ちょうどマンガのフキダシ(セリフがはいっている)のように、私の頭にあるいろんな考え事、空想が私の周りに漂っているイメージとつながります。

 このページである作品について書いていて、それが次の作品の新たなヒントになったり、また今までに制作した他の作品を自分で再解釈するヒントになることがあります。そんな風に、私の頭の周りに漂う空想の雲たちから降り注く雨というのが、また新たな考えを慈しむものとなったりします。そういう大自然の循環のようなことが、自分の空想活動(活動というとして)にも、起こっているのです。つまりその雲は私にとって大きな源泉でもあると考えるようになりました。そうやって、空想するだけでなく、自分の中の空想の成り立ちみたいなことを考えたりもしてfantafonteというコンセプトにたどり着いていくのでした。(つづく)


6月22日(日)

 暑いですね。しかもやたら日が長いと思っていたら夏至なわけです。暑いのはいやだけど日光はいいですね。日焼けとかじゃなくって、やっぱりおふとんとか日に当てるのは気持もいいし、健康にもきっといい。今週も青い空にぽっかりと浮かぶ「fantafonte雲」のお話の続きです。

 「fantafonte」という言葉自体は、実はこの作品が出来上がってしばらくしてから考えつきました。たしか去年の8月ごろに、このサイトで利用しているプロバイダのホームページサービスが変わってURLなどを引越ししました。ついでにデザインを変えてリニューアルするのにウェブサイトにも「タイトル」をつけようと思っていろいろと考えてみたのです。実を言うと、以前の『hashimoto naomi's website』という芸のないサイトタイトルでは、yahooなどでサイトの説明をつけてもらえなくて『サイトのタイトルー橋本尚美のなんたらかんたら』にしたかったというのが、ものすごく現実的な理由でした。実際に今月の作品にもある雲ような、そして今までの作品にある泉のような形をイメージして「fantafonte」という言葉を思いついてみたら、本当にいろんなことにぴったりだと気がついたのでした。べつに自分がどうやって物事を考えたりして作品を作っているかということに対してタイトルをつける必要は全くないのだけれども、それでも自分の作品について考えるのにとてもいいキーワードになっていると思ったのです。その時期は、ちょうど11月の個展のDMとか資料を準備する時期でもあって、それで個展の時にも「考え方」として出していこうと思ったのです。ちなみに、今月の作品の最初についていたタイトルは「pensatrice<<空想家>>」というものでした。アイディア自体は、元から同じだったのですが、「fantafonte」という言葉の方がよりアイディアを明確に指していると思って、当時はまだ未発表作品だったので改題してしまいました。(つづく)


6月29日(日)

 今年ももう半分たってしまった。今年の目標達成(?)に向けて、それなりにメドがたっているのだろうか、と自問自答・・・。今年後半に期待しよう。そういえば、1月に香港に行った時(SARS前です)の占いでも今年は後半からいい、と言われていたし。がんばろう。

 とりあえず、今月のお話『fantafonte』誕生秘話(?)もまとめなくては。こうやって、振り返ってみると、私は作品にしたいと思うこと(自分の中に浮かんでくるもの)をより深く知りたいという欲求だけでなく、自分がそれをどうやって探しているのか、というような過程や成り立ちにも興味があるようです。fantafonteというアイディアを出す以前から同様の仕組みが自分の中にあったのは確かなのだけど、それを自分で自覚して整理できた良い機会だと思いました。以前にも、地図のようなもの、太古の壁画などで、その当時の人たちの世界観を描いたものに惹かれるという話を書いたことがあると思うのですが、自分の描く絵というだけでなく、自分の中に自分だけの世界観、そしてその地図というものを持ちたい、そしてそれを描きたい、と再認識出来たように思います。とはいえ、こうやって書くと、なにやら壮大なものを描いているように思われるかもしれないけれど、大きなものを見て大きなものを描くのでなく、日常の中に、何かを見い出す能力を身につけて、より自分の世界をふくらませていきたいと思ってます。今月はこれでおしまい。