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   No.32・August 2003

"pensando" <<知らせる>>

ed.15, 17cmX25cm, lithograph, 1997

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8月1日(金曜日)

 先月の「今月の絵」を選ぶ時にまさかこんなに涼しい夏になってると思わなかったので、思いっきり暑気払い向けの涼やかな作品を選んでしまったことをちょっと後悔。今月にまわせばよかったな。来月のせる作品はもう決まっていて(お楽しみに)、今月はどれがいいんだろう?8月はさすがに暑くなるらしいし、と思って作品ファイルを眺めていて、なぜかキウイとマンゴーに見えたこの作品を選びました(笑)。もちろん、キウイとマンゴーを思って作った作品ではないです。念のため。

 もちろん、トロピカルなイメージもまったく意図するところではないのだけど、あとから作品を見てみると(もう6年ぐらい前の作品なのです)けっこうイメージが制作当時から乖離していることがあります。不思議なものです。そんなわけで、ありがちですが、当時何を思って作ったのか記憶が薄れているのですが、この作品はなぜか続けておなじモチーフで作品を作っていたこともあって、なんとか思い出せそうです。今の自分とその作品への新たなヒントがうまれるといいなあ、と思いつつ。

 ところで、今さらなのですが、リンクをはって下さる皆様に使っていただこうと、バナーなるものを作ってみました。トップページの一番下にあります。「世界標準サイズ」というものがあるらしく(はじめて知りました)、その最小パターンにあわせてあります。よろしければ使って下さい。その際ご一報いただけるとうれしいです。(つづく)


8月8日(金曜日)

 暑いですね。高校野球も始まり余計に暑苦しく感じます。何よりあの炎天下で緊張を強いながら運動をさせるという非人道的な感じがいやです。野球鑑賞はやはりビールをのびながら神宮の森の夜風にあたるというのが健康的ですね。今の季節だと冷やしたぬきうどんもいいです。あとトリの皮が嫌いな人だと一口もたべられない「焼き鳥」も。デイゲームだとドームになる前の西武球場のもよかったのですが、ドームになってあの緑の雰囲気を損なった以上に、シェールのカレーを販売しなくなったのが惜しまれます。

 ちなみに、シェールのカレーは球場となりの店内で食べられますが、お弁当形式のを球場で食べたいわけです。まあ、今となってはどっちでもいいけど。

 さて、今月の作品です。作品の内容もさることながら、技法的なことでいろいろと(自分なりに)工夫をしていたころです。リトグラフは木版画などのように版を彫ったりせずに、金属の薄い版(昔は石でした)に油性もクレヨンで直に描いたり、解き墨というお習字の墨が油性になったようなものを水やベンジンで解いて、筆で描いたりします。もちろん、普通の紙に描くのとちがって、金属板に描くと風合いはかなり違うのですが、でも解き墨の調子(マチエール)をより出したいという目標もあった時期でした。それに版画は同じものが何枚もあるものですが、手作業では印刷と同じようにまったく寸分変わりなく同じものはできないのものの、それなりに同じように刷らないといけません。解き墨という微妙なマチエールを維持しつつ、それなりの枚数を同じように刷ることが、ようやくできるようになった頃でもあり、一枚一枚刷る度に刷り上がりを見るのが楽しみな頃でした。もちろん、今でもまったく同じように複数作るのは出来ないんですけど(笑)。

 最近は、また製版(描画がすんだ版を刷れる状態にするための作業。とても重要)の方法もいろいろと試行錯誤を重ねてささやかにバージョンアップしています。(つづく)


8月16日(土曜日)

 さむいっす。先週がなつかしい。ずっとどんよりした日が続くのは少なくはないけど、こんなに一昨日も昨日も今日もそしてたぶん明日もずっと雨が止まないのは、あまり記憶がない。家の中がシケっていやだなというのを通り越して、水につかって空気が足りない感じがする。水に浸かってるイメージの作品はよく作るけど、それはそれである。とくに帰省するところもないので、家で窓の外を眺めてるだけだけど、これで帰省や前もって楽しみに予定していた旅行などあると、やっぱり大変ですね。それでもこんなに楽しいお盆休みだった!とアピールしたい方はBBS fantafonte<B-side>までどうぞ(笑)。

 今月の作品は、いつにもまして色々と細かいことを考えていた時期でした。技術的なことは先週かきましたが、それだけでなく、コンセプト的なところで、なにかしたかったのです。たとえば、一枚一枚の作品そのものが言葉のような性質をもって、それらの作品が並ぶことで、あたかも単語をつないで文章になって、さらに何かを伝えようとするアイディアとか。結局自分のなかでまとめ切れずに半ばアイディア倒れだったのだけれど、この作品は、数少ないその一部だったりします。

 あと、中央にある小さな赤い神殿のようなものは、これ以前の作品にほどんど登場していたモチーフで、自分の気持の中心のシンボルのようなものです。でも、これらを発表した個展の時に「なんでmの字が入ってるのですか」という疑問をたくさん投げかけられ(私がmaomiって名前だったら妙に納得されてかもしれない)、以後あまり使わなくなってしまいました。別にmと思われてもいいのだれど、また違う視点を探そうと思ったのでした。(つづく)


8月24日(日曜日)

 一週間ごとに、涼しい>暑い>寒い、と来て、昨日はほんとに暑かったですね。プールにいったら、閉館時間近いのにまだ少し混んでいた。今日は泳いでいるあいだ考え事はしなかった。25メートルを何ストロークで泳いだか数えてみよう、と思ってるのに、いつも途中まで来て「あ!数えるの忘れた。じゃあ次の25mで数えよう」というのを、ずっとくり返していたのでした。もちろん25mを何回泳いだかを数えられなかったのはいうまでもありません。脳内夏休み状態。

 今月の作品に使っている様な黄緑色は、あまり他の作品ではつかってないなぁ、と書こうと思って、つい先日出来上がった作品が、ほとんど黄緑色だったとこに気がついた。黄色と黄緑色というのは、けっこうベタな色の組み合わせになりがちなのだけれど、うまくいくと、とても生命感あふれる色味になると思っています。

 そういえば、この作品を作っていた頃というのは、かなり生命感あるれる作品が好きでした。先週書いたmの字に見える(らしい)神殿のモチーフも「私はここにいるよ!」というような、自分の存在を知ってほしいという気持があった様な感じがします。自意識過剰ぎみだったのかもしれないけど(笑)、それで「知らせる」というタイトルにあるよに、自分の事を考えてそれを知ってほしいという作品になったのではと今になって思います。そういえば、これと同時に作っていた作品は「io(イタリア語で『私』)というタイトルでした。

 今はどうなのかと言えば、もちろんこういう作品を作っている以上「みてくださーい!」という気持があるのは当然なのですが、当時よりはもう少し「見てくれる人には見えているのだろう」という気持です。なので、ちゃんと自分に出来ることをちゃんとやらなくてはと思うのでした。(つづく)


8月30日(土曜日)

 ほんとに夏休みもおしまいです。関係ないんだけど、もう。でも何も夏らしいことをしてないくせに「夏も行ってしまう」と思うのはなぜなのでしょう。かき氷も一回しか食べなかった。蚊にもたくさんは刺されなかった。今月も結局何について描いた作品なのやら、と、まとまらないまま過ぎてゆくのですが、あとから思ってみると、自分の気持をさらけだしたくない(でも、自分の気持は描きたい)という往生際のわるさみたいのが、まだあったのかもしれない。

 それはそれで、やはり自分の作った作品はみんな好きなのですが、やっぱりひとさまに見てもらうこと、自分がどういうことが出来るのか、自分の作品がどういうふうに人と自分がかかわっているキーになるか、ということについては、当時はあんまり考えてなかったように思います。というか、やっぱりどうすればいいのか分からなかったのだと思います。今にしてみれば。今はどうなったのかといえば、もちろん発展途上なのにかわりはないのだけれど。それに、私は自分の描きたいものこれだ!とがりがりと作品を作りまくってしまうのでなく、自分の中にあるのはなんなのでしょう、ふむふむ、という感じで要するに時間がかかるんですね。時間をかけて考えていじくりまわしちゃうせいで、ほんとに描きたいものの旬をのがしてしまったり、逆になんか恥ずかしくてそのまま描くのができなかったり、わりともたもたと悩みつつ、作っています。そのわりにはそういう「葛藤」が作品にあらわれてない(良きにつけ悪しきにつけ)のが、まあいい所といえるかもしれない。やっぱり考えにふけるのが好きでそのために絵を描いてるのかもしれない。今月はこれでおしまい。